最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)374号 判決 1995年9月05日
上告人
岡山県信用保証協会
右代表者理事
長山博次
右訴訟代理人弁護士
岡本憲彦
被上告人
土井利男
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人岡本憲彦の上告理由について
債権者から物上保証人に対する不動産競売の申立てがされ、執行裁判所のした開始決定により物上保証人に対して差押えの効力が生じた後、債務者に右決定の正本が送達された場合には、時効の利益を受けるべき債務者に差押えの通知がされたものとして、民法一五五条により、債務者に対して、当該担保権の実行に係る被担保債権について消滅時効の中断の効力を生ずるが(最高裁昭和四七年(オ)第七二三号同五〇年一一月二一日第二小法廷判決・民集二九巻一〇号一五三七頁参照)、右送達が決定の正本を書留郵便に付してされたもの(民事執行法二〇条、民訴法一七二条参照)であるときは、右正本が郵便に付して発送されたことによってはいまだ時効中断の効力を生ぜず、右正本の到達によって初めて、債務者に対して消滅時効の中断の効力を生ずるものと解するのが相当である。けだし、不動産競売の開始決定の正本の送達が書留郵便に付してされた場合には、民事執行法二〇条において準用する民訴法一七三条の規定により、右正本の発送の時に送達があったものとみなされるが、そのような効果は不動産競売の手続上のものにとどまるのであって、実体法規としての民法一五五条の適用上、差押えが時効の利益を受ける者である債務者に通知されたというためには、債務者が右正本の到達により当該競売手続の開始を了知し得る状態に置かれることを要するものというべきであるからである。
原審の適法に確定したところによれば、上告人は、内海建設株式会社に対する求償債権等を被担保債権とする根抵当権の実行として、物上保証人である内山憲一の所有する不動産につき競売の申立てをし、執行裁判所は、その開始決定をした上、債務者である内海建設に対し、右決定の正本を書留郵便に付して発送したところ、右郵便は、留置期間満了により執行裁判所に返送されたというのであるから、右開始決定の正本の発送により、上告人の内海建設に対する求償債権の消滅時効が中断したということはできない。
ちなみに、論旨がその七項のなお書において言及する「普通郵便で発送した通知書」について付言するに、右の書面は、いわゆる付郵便送達により手続法上送達の効力が生じた後、手続の進行を事実上債務者に知らしめるための措置として、普通郵便をもって連絡するものであって、何らかの法律上の効果を予定したものではない。もっとも、その書面の記載内容により、特定の被担保債権につき物上保証人に対して競売手続が開始されたことを債務者が了知し得るときは、これに伴う実体法上の効果を認める余地がないとはいえない(原判決の判示するところも、その趣旨に理解することができよう。)。しかし、本件において担保権は根抵当権であるところ、右通知書には被担保債権の表示がなく、その記載内容によって担保権の実行に係る被担保債権を特定することができないというのであるから、右通知書の送付をもって民法一五五条にいう通知がされたものということもできない。
以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官尾崎行信 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫)
上告代理人岡本憲彦の上告理由
控訴裁判所は、民法第一五五条の解釈・適用を誤ったものであり、また最高裁判所昭和五〇年一一月二一日第二小法廷判決(昭和四七年(オ)第七二三号事件)の適用を誤ったものであって、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背が存する。
一、民法第一五五条の「通知」に関して、右最高裁判決は、次のとおり判示するところである。すなわち、
「債権者より物上保証人に対し、その被担保債権の実行として任意競売の申立がされ、競売裁判所がその競売開始決定をしたうえ、競売手続の利害関係人である債務者に対する告知方法として同決定正本を当該債務者に送達した場合には、債務者は、民法第一五五条により、当該被担保債権の消滅時効の中断の効果を受けると解するのが相当である。」
二、控訴審裁判所は、競売開始決定正本が現実に債務者に受領されなければ、民法第一五五条にいう通知があったといえないとするものである。すなわち、本件事案において、物上保証人である内山憲一所有不動産に対する岡山地方裁判所の競売開始決定正本(以下「決定正本」という。)は、債務者内海建設株式会社の本店所在地及び代表取締役池田庄市の住所地宛に送達手続がなされたが、いずれも転居先不明を理由として送達されなかった。そしてその後判明した池田庄市の住所地宛に三度にわたり決定正本の送達手続がなされたが、いずれも留置期間満了を理由として同裁判所に還付された。そこで同裁判所は郵便に付する送達の手続により池田庄市の住所地宛に決定正本を書留郵便に付して発送したが、留置期間満了によって返送された。
控訴裁判所は「決定正本が郵便に付する送達の手続によって債務者に送達されたとみなされるにとどまり、同決定正本が現実に債務者に受領されることなく返送された場合には、民事執行法上の送達の効力があるのみであって、民法第一五五条にいう通知が到達したものとすることはできない」旨判示した。
また郵便に付する送達の手続により決定正本を発送したので現実に郵便物を入手しなくても発送のときに送達されたものとみなされる旨記載した通知書を普通郵便で発送しているが、この通知書は返送された形跡はないものの、実際に配達されたかどうか明らかでなく、また右通知書には被担保債権者及び請求債権の記載がないから右普通郵便による配達があっても債務者へ告知があったといえないと判示する。
三、しかしながら、控訴審の判示するところは、債務者に過大の保護を与える解釈であって、前記最高裁判決や民法第一五五条の趣旨を逸脱するものである。
すなわち、最高裁判決では、「決定正本を当該債務者に送達した場合には」といっているのみであり、「郵便に付する送達」も「送達」であることに変わりないはずであって、これを除外してはいないし、決定正本の現実の受領を要求してはいないのである。
郵便に付する送達は、いきなり行なわれるものではなく、特別送達を繰り返した後、本件事案のごとく留置期間内に債務者が受領しないような場合に行なわれるものである。郵便に付する送達の手続により発送された決定正本も、書留郵便で行なわれており、留置期間内いつでも債務者はこれを受領しうるのである。従って債務者としては、決定正本を読みうる状態に何回も置かれたことになる。これは決定正本が到達したが開封しなかった場合と差異はないのである。
民法第一五五条の通知としては、債権者から債務者へ直接通知する方法も考えられるが、裁判所からの郵便物について留置期間内に受領しに行かない者が、債権者からの郵便物を受領することは考えられないところである(単純な普通郵便で通知したのでは後々の立証は困難であるから、配達証明付書留郵便で発送する外ない)。従って控訴裁判所の見解に従うときは、不誠実な債務者に対しては民法一五五条の通知は不可能になってしまう。
民法第一五五条の趣旨は、前記最高裁判決によれば、「時効の利益を受ける者が中断行為によって不測の不利益を蒙ることのないよう、その者に対する通知を要することとし、もって債権者と債務者との間の利益の調和を図った趣旨」である。しかるに控訴裁判所の解釈は、債務者の利益を過大に保護するものであり不当である。
四、そもそも債務者は、債権者に対し自己の所在を明らかにすべき義務があるというべきであって、民法第九七条の二の規定(公示による意思表示)や、民事訴訟法一七八条ないし同第一八〇条の規定(公示送達)は、自己の所在を明らかにしない者は、それだけの不利益を甘受すべきものとの思想に立脚する規定である。
右制度の趣旨からみて、郵便物を受領しうる状態にありながら、これを受領しない者を保護すべきいわれはない。
また本件事案においては、信用金庫取引約定書上、債務者が住所の変更を届け出ることが義務づけられており、届出の懈怠は債務者の不利益となっても異議がない旨定められている(甲第四号証、同第一五号証第一一条参照)。このことも、債務者を保護すべき理由のないことの事情として勘案されてよいはずである。
五、控訴裁判所は、郵便に付する送達の効力について、民事執行法上のそれと実体法のそれを区別すべき旨判示するが、そのように効力を別異にすべき理由は存しない。民事執行法第二〇条は単純に民事訴訟法の規定を準用しているのみであり、同法第一六条以外には特別の定をしている訳ではない。
六、以上の次第であるから、郵便に付する送達によって民法第一五五条の通知が行なわれたものというべきであり、従って債務者に対する時効は中断されたと解すべきであるから、原判決は破毀を免れない。
七、なお控訴裁判所は、郵便に付する送達手続をした際に、普通郵便で発送した通知書(乙第八号証の一八、二〇)について、配達されたことの証拠がないというが、普通郵便で返送された事実がなければ配達されているのが通常である。また仮に配達されていても、被担保債権などの特定がないから告知があったといえないというが、右通知書から、債権者・債務者・所有者の氏名及び不動産競売開始決定があったことを知りうるのであるから、何が被担保債権であるかは、債務者には容易に分かるはずである。
してみれば、右通知書をもって民法第一五五条の通知とみなしても不都合はないといえよう。
いずれにしても、右通知書は債務者に到達したものと推認すべきであり、しかもなお債務者が郵便に付する送達手続で発送された決定正本を受領しに行ってないのであるから、かかる債務者を保護すべきいわれは益々ないというべきことになる。
八、また民法第一五五条の通知によって保護される債務者の利益なるものは、必ずしも明確ではない。立法理由は、「本人の知らないでいる間に時効が中断されているということはどうも酷のように思われる」ということのようである。これだけのことであれば、競売開始決定を現実に受領することまでを民法第一五五条の通知の要件とすることは誤りである。